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ロルフィング&ボディーワークス [BLOG]

記事一覧

地図

私たちは、自分自身の地図を持っています。
ココロの地図やカラダの地図。


その地図は、子供時代や、今までの人生経験に基づいています。


どうやって自分を表現し、どうやって特に自分の愛した
人々から影響を受けてきたのか。


それはユニークであり、ココロでは個人的信念につながります。
そして、その信念を基に考え、行動し、現実を創っていくのです。


カラダの地図も、また自分の愛した人、そして環境などから作られていきます。


父親が片方の足が悪くて、それを見て育った子供が片方を
引きづるように歩いていた、という話しを聞いたことがあります。


卓球を小さいころからしているある有名な選手は、カラダの骨格が卓球の動作に適応して、骨格の左右差が著しいというのを、
トレーナーの方から聞きました。


何万回も、すり込んですり込んで反復して繰り返された
その信念や、動作はやがて長い月日を経て、骨格に
現れてきます。


地図を変えるのはある意味勇気が要ることだと思います。
それまで慣れている信念や、形を手放すことになるからです。


でも、この世の中は常に変化です。同じように見えても、
同じ時は二度とやってきません。


将来の自分は、変化の延長にあります。変化したく
なくても、変化しています。


流れるように、形を変えられると、自由になります。
ココロも、カラダも、同じことです。骨格には
可動域の限界もありますけどね(笑


自分のまだ見ない可能性に、ココロをオープンに。
そして、カラダの変化にオープンに。


地図は、変えられます。くれぐれも、自分はこうなんだ、
と決めてしまわぬように、お願いします。


まだ、もっと楽になれますから。

自分という感覚

この不思議な自分とは何でしょうか。


自分とはどこからやってきて、どこへ向かっているのでしょうか。


自分らしさとは何ですか。


それは、あなたにしか分かりません。


その自分を知る、一歩が、感覚です。


体や心からやってくる、感覚です。


その感覚に、静かに耳を傾ける時間を持ちましょう。


自分の感覚がはっきりするほど、自分らしさが分かります。


体が喜び、元気になります。


心が楽になります。


そして、魂でさえ輝き始めるのです。


自分の体の感覚から始めて下さい。


これは、冒険です。


はじめは何となくから。


そして、徐々にくっきりと、感じ始めます。


車輪が回り始めると、プロセスは進みます。


どこへいくのかは、お楽しみに。


そうして、自分の感覚が強くなっていくと、


すべてが自分らしさ、につながっていくのです。


自分らしさとは、心が軽く楽になり、体が軽く健康になり、


元気になれるということです。


自分らしさとは、喜びで、元気の源なのです。


自分という感覚を育みましょう。

鬱と体

今日は鬱(うつ)と体についてです。

これまでの施術の経験から、鬱と体の相関関係が少し
ずつ分かってきました。


鬱は心の状態です。もちろんそうですが、
実は、体の状態でもあるのです。


鬱になると、何にもやる気が起こりません。やれと
いってもエネルギーが沸いてこないのです。
励まされて、頑張ろうとしても無理です。


仕事に支障をきたしますし、もちろんプライベート
でも、夫婦関係にも支障をきたします。


人の行動の原理は、性の欲求からと心理学者のフロイト
は言っています。野口晴哉もまた、性のエネルギーが
形を変えて人の行動に出てくると言っています。


鬱になると、この性への欲求も感じなくなって
しまいます。性の欲求とは、言い換えると、
生きるエネルギーと言うことができます。


鬱の状態では、自分の中で物事を考えがちになり、
周りが見えてきません。


そして、他人への愛情や思いやりも、
ひっそりと奥に身をひそめてしまいます。


働き過ぎの世代は要注意です。鬱の手前の状態で
、会社に働きにでて、家に帰ってくる、を繰り返していると、
いつしかこの輪の中に、入ってしまいます。


本人も、わざとそういう態度にでようとしているのではなく、
そうしかできなくなるのです。家庭では周りからの
サポートも見えなくなってきてしまいます。


さて、この鬱の心の状態の時に、体には何が起こっている
のでしょうか。


どこかの背骨が曲がっている、ということが起こります。
一部分であれば、まだ良いでしょう。


それだけではなく、背骨全体の弾力そのものが
なくなっていきます。


心理的に鬱の状態になると、背骨全体の弾力が
なくなっている状態になるのです。


背骨に弾力が無くなった状態で、何かをしよう、頑張ろう、
という前向きなエネルギーは、体の中からでてきません。


それどころか、非常に疲れやすくなります。
ますます、体の体力が削られていくのです。


削られた体力で、また働きにでなくてはなりません。
こうして、動けなくなるまでになってしまうのです。


こうして、心と体は互いに影響し合います。


背骨に弾力を取り戻すためには、ただ単に背骨を矯正
すれば良い、というわけではありません。


心の深いところを優しくいたわるように、体の深い
ところにそっと触れてあげなくては反応しません。


本人の少しずつでも良くなりたい、思う意志も大切です。


鬱傾向の方には、精神を安定させるための薬も時には
必要です。


しかし、鬱になると精神科医にかかることがすべてと考えられている今、それよりも体を立て直すことが先決であると私は思います。


私の経験からは、回復までの期間は違えど、背骨に弾力が
戻ってくると、鬱は消えていきます。


体とこころは、コインの裏と表のような関係です。

トラウマとは

トラウマとは、ショックです。

心理的なショック。そして、肉体的なショック。
どちらもあります。


人がショックを受けた時は、パニックに陥ります。


または、ショックを心身で吸収できない場合は、
体の感覚が一時的になくなるか、気絶します。


動物は、ショックから生き延びると、体を震わせて、
そのショックを体の外に逃します。


人はというと、そのショックを頭で、体で整頓できずに、
そのまま日常生活に戻ってしまいます。


体の外にでられなかったショックは、体の中に
そのまま止まります。


ずっとです。それが解放されるまでそこにあります。


放っておくと、後になって様々に体の症状が出てきます。
自分のコントロールを超えたところに起こる、

震え、痛み、不快感、怒り、憎しみ、不信感、そして
悲しみなどの感情、無気力、呼吸困難など様々です。


限界を超えて、ショックを受けると、体はそれに
耐えきれません。


ですから、受けたショックを無意識の方へと追いやります。
もしくは、受けたときにショックにブレーキをかけて、体の
感覚を閉じます。


そのショックは、大きいのです。体が受け止められない
ほど、とても大きなものなのです。


ですから、ショックとして体の中にあるエネルギーの
固まりを、少しずつ解放してあげることが必要
となってきます。


トラウマはどんな時に解放されるのでしょう?


それは、トラウマを分かっている人に会うときです。
体はトラウマを解放して楽になれる機会を探して
いるのですから。


しかし、自分が心底安心した環境にいないと、
トラウマは顔を出してきません。


ですから、普段は普通を装っているのです。


トラウマは、誰にも起こりえます。
そして、実は小さいものであれば、
誰にでも起こっています。


無意識に蓄積させてきたトラウマのショックが、
セッション中に解放されることがあります。


意識的に自分に何が起こったのかを整頓ができることと、
肉体的な解放はほぼ同時に起こります。


時間はかかりますが、ゆっくりと、自分と向き合い
ながら解放していきます。


セッション中、時には、寝ているような無意識のときに、
受け手の体が、小刻みにピクピク動きながら、
無意識層に溜まったショックを解放したりもします。


時には話していて、そこからこぼれる涙で。
理由のない涙の場合もあります。


ときには、手技で、筋肉や筋膜をストレッチしているときに。


もしも、トラウマを受けるような出来事が自らに
起こったときには、自分が悪かったのだと、自分を
責めないようにしてあげてください。


トラウマに対し、理解がある人をどうにか探しだし
話してみてください。


トラウマの傷があると分かったら、それと向き合って
いくしかありません。しかし、トラウマは誰にも
起こりうることだ、ということを分かっていて
ほしいなあと思うのです。

心の声、体の声

怒られて、それを我慢するとき、
拳をギュッと作って、体を固くするかもしれません。


悲しみを我慢して、顔にしわをよせて、
歯をギュッと噛みしめる
ことがあるかもしれません。


泣きたいのを我慢するとき、体を固くして、
ブルブルと震わせるかも知れません。


そうして筋肉に緊張が蓄積され、体が硬くなり、
感情は固くなります。


感情を抑制して胸を締め付けると、
文字通り、胸にある横隔膜や、胸郭が
締め付けられます。


そして、呼吸が浅くなっていきます。


泣いて、笑って、そうして自分を表現し続けて
ほしい。そうしたら体も緊張を溜めることなく、
柔らかいままでいられるから。


お腹が痛くなるくらい笑って、涙が枯れる
くらい泣けたら、それは幸せなこと。


私たちの感情と肉体は、自分を表現したい
と常々思っているから。


心の声が聞こえますか?体の声、聞いていますか?

体と心の幸せ

よく本で幸せになるためには、幸せな状態になれば
いいと書いてあります。


これって簡単ですか?という質問がありました。


本に書いてあるように、自分で幸せな状態をイメージ
をして、その感覚を生きるようになれればいいのですが、
それは簡単なことではないように思います。


なぜなら、私たちは自分自身に対して持っている
セルフイメージがあるからです。


自分が持っている体へのイメージや心の反応の仕方。
これは何千、何万回と繰り返し繰り返し思ってきたことです。


例えば、自分は人よりもうまく仕事ができない。失敗ばかり
している。他人のことがうらやましい。


自分はプロポーションがよくない。


しなければならないことにいつも追われている。
いつも不幸な出来事に出会う。


など、数えたらきりがありません。


それがあるまま、今、じゃあそれを全部手放して
幸せな状態になりましょう、といってもなかなか
なれるものでもないのです。


幸せな状態というのは、それらを乗り越えると、
乗り越えた分だけその幸せが感じられるもので
あると思います。


幸せになろう、と思ったときにイメージできる範囲で
私たちは幸せになれます。


それが少しずつ大きくなっていけばいいなと思います。
まずは、自分が自分に持っているセルフイメージを
意識して知ることからはじめましょう。


これは第三者に助けてもらうのがよいかと思います。
自分ではなかなか自分がはまっているパターンが
分からないからです。


一度、指摘してもらうことができれば、そのイメージ
の持ち方、心の反応の仕方を客観的に見ることが
できるようになりましょう。


それができれば、違う考え方ができるようになって
いきます。幸せになるための、第一歩だと思います。

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