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ロルフィングのインストラクター達

昨日は、オーストラリアからいらしていたインストラクター
を見送りました。


ロルフィングのインストラクター達は、
人間くさくていいんです。


ロルフィングの技術や知識は、すごいです。
経験があって、始めてでてくる匠の技。
信頼を寄せられる大きな懐があります。


カラダがどんどん開いて、今まであったパターンが
新しいものに変わっていきます。


受け手の目に、本来の輝きと力強さが
もどってきます。


教えるスタイルも、先生と生徒という上下関係は感じさせず、
一緒に私も学んでいるのよ、という感じなのですよね。


成長を見守ってくれる親のような存在でもあり、
そして、一緒に楽しみ、考えてくれ、共に笑える
友のような存在でもあります。


そして、完璧ではなく、おっちょこちょいの
インストラクター達。忘れ物したりして、
こっちが焦ることもしばしば。


彼女達は、経験を積んでも、分からないことがある限り、
まだまだ学び続けていて、その謙虚さはすごいなあ
といつも尊敬しています。


インストラクター達は、膨大な知識と経験を持っていて、
それを私たちに全部教えようとしてくれます。


いつも知識を吸収しきれないのが悔やまれるのだけれど、
頭と感覚をフル回転状態にして、吸収できる分を
目一杯取り込んでいます。


その時に必要なものを学んでいる、という割り切りも
大切。1日の終わりには、脳がヘトヘトになります。


今回、海外から来ていたインストラクター達3人に、
私のセッション(施術)を受けてもらう機会が
ありました。


インストラクターでもあり、経験豊かなロルファーの
大先輩達です。興味を持っていただき、施術させて
もらえたのは、大変ありがたいことです。


インストラクター達からは、確かなカラダの変化,
感覚の変化を感じてもらえ、良い感想を頂きました。


今回、たくさんインストラクター達のセッションを
見て、受けて、自分のセッションを受けてもらった後、
何かストンと、自分の施術が抜けた感じがします。


今いる位置を再認識でき、その上で
これなら大丈夫だ、と思えました。


あえて言うなら、ロルフィングに頼らずとも、
やっていけると思えました。


それだけ自分の施術スタイルがクリアになり、
その実感が湧いているのだと思います。


さらにいうと、逆にロルフィングがますます
生きてくるということです。


もったいないくらい良い経験をさせていただきました。
また、そこからたくさん学ばせて頂きました。


本当に感謝です。


もちろん、私はこれからもロルフィングです。
何故かというと、ロルフィングが一番効くからです。


これからも、ロルフィングでますます
精進していこうと思ったのでした。


ロルフィングが多くの方々に届き、受けていただいた方
の治癒力と可能性が引き出され、存分に発揮できる
ようになりますように☆

ロルフィング、関東トレーニングが終わって

11月18日に、関東ロルフィングのトレーニングが終わりました。


新しいロルファー達が誕生しました。


うれしいことです。これで、日本のロルファーの人数は、
合わせて100人を突破しました!☆祝☆


二年ほど前に理事になったのですが、このトレーニングの
期間とちょうど重なっていたのでした。


その間、ロルファーを誕生させる、ということがどういう
ことなのかを考えさせられました。産みの苦しみといい
ますか、そんなものがありました。


小さな協会が、トレーニングをやり遂げることがいかに
チャレンジだったか、そして、自分も成長しなくては
ならなかったか、ということを今振り返って思います。


理事になって、私は、改めてロルフィングに育てられて
いるのだなあと思いました。


生徒だけでなく、ロルフィングの協会に携わる者も、
協会自体も、一緒に気づきを深めていく。そんな体験でした。


人の可能性は、まだまだこんなもんじゃないのよ、そう
ロルフィングの創始者、アイダ・ロルフ博士は、
微笑みながらおっしゃっているように思います。


これから、日本にロルフィングが広まっていくといいなあ
と思います。


そして私たちロルファーが、皆さまのお役に立てますように。

NHKテレビテキスト 『きれいの魔法』 でロルフィングが紹介されています。

ファイル 211-1.jpg

本日発売の、NHKテレビテキスト 『きれいの魔法』12月号に、
ロルフィングが紹介されています。78、79ページです。


そして、私が取材を受けまして、ロルフィングを紹介させて
いただいています。


御縁をいただき、編集者さんには、感謝です。
本当にどうもありがとうございます!


ロルフィングの紹介は、むつかしかった、とおっしゃって
いました。それもそのはず、ロルフィングを説明
するのは、ロルファーでも簡単ではないのです。


そこを、膨大な下調べと、綿密なインタビューをして
いただき、その上で読者さんに簡潔に伝えていただき
ました。プロフェッショナルですね。


私の伝えた情報は、6ページ分くらいになったようで、
それに加え、モデルさんの直接体験した声を載せる
ことを大切にされていました。さすがはNHKです。


それを2ページ分にしていただいたのですから、
かなりのチャレンジだったと思います。


私自身、取材はとても楽しかったです。モデルさんに
ロルフィングの第一セッションを実際にがっつりと
最初から最後まで受けて頂きました。


その間、カメラマンがシャッターを押し続けていました。
パシャパシャパシャ。シャッターの音を聞きながらも、
いつも通りのセッションを行いました。


受けていただいたモデルの川上璃子さんも、呼吸や感覚が
どんどん変わっていくのを楽しんでくれました。


インタビューもたくさんしていただいて、うれしかったです。


とにかくロルフィングが世の中にもっと広まってほしいです。


そして、ロルフィングを通して、一人一人がなりたい自分
になっていただけたら、こんなにうれしいことはありません。


身体のバランスが整った自分。
痛みや不快のない自分
楽な自分。
精神的にも自分らしい自分。
生き生きした自分。
いつまでもきれいな自分。


ロルフィングが、そんな自分になる手助けになると私は
信じています。


きれいの魔法12月号は、全国の書店にて販売中です。
よかったら目を通してみてください。


そして、よろしければ、是非1冊お買い求めくださいな☆


ロルフィングが、ロルフィングを必要としている人
のもとへ届きますよう、お薦めいただけたら
うれしく思います。


これからも、ロルフィングで人の役に立てるよう、精一杯
がんばっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


PS:うちの母は、きれいの魔法、12月号を買い込むそうです。
なんでも、これで、「息子さんは何をしているの?」
と聞かれたときに、答えられる、とのこと(笑 

今まではロルフィングが何かを答えられずにいて、
もどかしかったようですが、今度からは、
雑誌を手渡す、といっていました。

売り切れる前に、書店にはお早めに(笑

鍵は足首

ロルフィングって上手いことできてるなあと思います。


足首です。足首から力が抜けないと、他の部分にも
力が入ります。


すねやふくらはぎに力が入り、股関節に力が入り、
そして、腰に力が入り、脊柱筋が固まり、
と繋がっていきます。


足首が柔らかくなるためには、足底の骨一つ一つが
機能している必要があります。


そうすると、内側、外側アーチに体重が乗ってきて、
カラダのバネが効くようになります。


力が抜けるキーワードは「委ねる」です。


この委ねるがくせ者です。委ねる感覚を知らないと、
委ねることはできません。


委ねている、委ねていない、の感覚の違いは、
自分で感じ比べるしかないです。


そして、それを導くのがロルファーの仕事。


一旦、足首が緩めば、その後術繋ぎで、ふくらはぎ、
すね、股関節、脊柱筋、、、肩、首などの
緊張がゆるまっていきます。


重力に体を委ねられたときには、楽に自由に
体を動かせるようになっていきます。


人間の身体は、重力にあらがうのではなく、
重力の中を流れるように設計できているのです。


「歩くのが楽しくて仕方ない」と言って頂くことも
多いですが、それが本来の自然な状態なのです。

川のゴミ達

朝、いつもの橋を渡っていると、川に浮かぶゴミが
目にとまります。


コンビニの袋にゴミが入ったまま捨ててあったり、
その他、ペットボトルや空き缶も多いのですよ。


おとついは、浮いていたゴミの多さに腹立たしく感じ
ました。


でも、正義の味方はいるものです。


横浜市の環境事業部からの委託でしょうか。船に
乗ったおじさん二人が、タモをで、ゴミをすくって
いました。毎日やっているのでしょうか。度々
見かけます。


すくってはポン、すくってはポンっとゴミの
山に乗せていく。慣れたものです。


それにしても、ゴミはすごい量ですよ。


毎日これだけのゴミが川に投げ捨てられているのが
悲しいですね。


泳いでいる魚たち、亀、ちっちゃいエイ、ちっちゃいサメ
(昨日見た!)達が間違って食べないようにと願います。


人は、自分たちの環境を、自分たちで守る義務があります。
安全に暮らしていくために、生き物すべてのために。


そして、生の営みを次の世代へとつなげていくために。
自分だけではなく、関心を周りに向けてほしいなあと
思います。


原発なんかの大きな問題は、むつかしいけれど、
自分がゴミを捨てて環境を壊さないことは
今すぐにでもできます。


結局は、そういう一人一人の小さな努力と、
一人一人の関心と意識が、自分の他に向くこと
が、世の中を良い方へと導いていくのだと思います。


正義のおっちゃん達、ごくろうさまです。

トラウマリリース⑧ ~フェルトタッチ~

ここでロルフィング&ボディーワークスで行われる
トラウマリリースについて触れておきたいと思います。


ここで使われるフェルトタッチは、フェルトセンスという
言葉から名付けた、私が使う独特のタッチです。


フェルトセンスは、フォーカシングというアプローチを
作ったユージン・ジェンドリンが作った言葉です。


フェルトセンスは、言葉や感情にならないけれど、
何か意味のありそうな、身体的な「感じ」のような
ものです。


すごく掴み所のない抽象的な説明ですよね。しかし、
それがフェルトセンスです。まだ具体的に言葉では
表せない、もやもやっとした感じです。


ジェンドリンは、意識と無意識の境界で「フェルトセンス」
を体験することが、治療の本質であると考えます。


フェルトセンスは、明晰さ、本能的な力、トラウマを
変容させるのに必要な流動性といったものを広く
含む感覚です。


私の感覚から説明してみますと、フェルトセンスは、
例えばトラウマでいうと、受けたショックです。


ショックを言葉で表すと、怒りとか、悲しみとか、
物理的に受けた衝撃とかいろいろ言葉で形を
与えられるようになりますが、
その形になる前にある「!」です。


実は、受けた本人も気づいていないんです。認識できる
前のものですから。だから、抽象的になるのですね。


カラダは、言葉や思考で考えるのではない、感覚を通して
行われるコミュニケーション手段を持っていると感じます。

私は数多くの方達に触れるうちに、手の感覚による
コミュニケーションを通して、カラダの深い場所に
あるフェルトセンスに触れ、無意識下にある滞り
を解放していくフェルトタッチと出会いました。

これは、自分の知覚と感覚を全開にして身体に
触れていきますので、その状態を維持するために、
精神を集中して行います。

認識できる感覚になる前の感覚に働きかけていくのが、
フェルトタッチです。神経系と脳にある蓄えら
れた過剰なエネルギーに触れていきます。


フェルトタッチを受けているときは、受け手の身体は
通常反射の動作を起こします。動物がトラウマを
リリースするのと同じ感覚です。


受け手は眠っているような、深いリラックス状態と
なっているので、この感覚や動作を自覚することは
滅多にありません。


意識のある状態では、生態システムがショックを
解放するのがむつかしい、と判断しているかも
知れません。


というのは、思考が働いていると、脳が休まらず、
深い本能の部分に届きにくいのです。受け手の思考
(大脳皮質)が働いていると、私には、受け手の
身体がうすい膜状のバリアで覆われているように
感じます。


もし、受け手がリラックス出来ない場合は、まずは
リラックスすることを学びます。呼吸と、身体感覚
に委ねられるようにしていきます。


そして、深くリラックスできるようになったら、
フェルトタッチを使います。


フェルトタッチは、脳と神経系にある滞った、膨大な
エネルギーを段階的に取り除いていきます。
そうすると、何が起こるでしょうか。


神経系が自己調整能力を取り戻すと、五感がクリアに、
鮮明になっていきます。そして、自分という存在を
より明確に実感しやすくなっていきます。


自分の感覚や実感が薄いことから生じる、摂食障害や
解離、外傷後ストレス障害(PTSD)などの
トラウマ症状が少しずつ軽減していきます。

また、五感や自分という感覚が強くなればなるほど、
いつの間にか自然と見る世界が変わっていきます。
その人の周りで起こる出来事も変わっていきます。

こうした変化を自分で観察できるようになれば、
トラウマの経験を克服したと言えます。


トラウマのショックを解放し、トラウマを
克服したあとは、自分のトラウマ体験を解釈し
直すことができるようになるかも知れません。


その人の体験によって、どれくらいのショックが解放
される必要があるのかは個人によって異なります。


それは、トラウマがどれだけ深い経験となり、どれ
くらいの期間影響を与えて続けてきたかによります。


そして、どれだけ神経系に過剰なエネルギーを溜めているか、
脳に思考パターンを作っているかにもよります。


大抵の方は、数十年にも渡り、トラウマのショックを身体に
留めています。


トラウマが癒えるまで、数ヶ月の人もいますし、
人によっては数年かかるものもあるかも知れません。


フェルトタッチによるトラウマリリースは、とてもやさしい
方法でトラウマエネルギーが解放されます。トラウマ解放
の目安は、フェルトタッチを使ったときに、身体からの
反応が弱まり、収まっていくことです。動物がトラウマ
をリリースする時と同じです。


身体感覚からのアプローチは、トラウマが癒えるプロセス
を強力に推進します。


そして、トラウマから癒されると、トラウマ体験に
左右されることなく、安心し、自分らしく人生を
前進させていくことができるのです。

トラウマリリース⑦ ~トラウマ克服とその手法~

基本的に、トラウマを解放し克服に至るプロセスでは、
トラウマの記憶をありありと思い出す必要
はありません。


トラウマの体験を具体的に思い出させることを
強いるようなセラピーやカウンセリングは
良くありません。


なぜなら、無防備な状態で、トラウマの場面を思い出すと、
セカンドトラウマといって、実際トラウマ体験が起こった
ようなショックを再び受ける場合があるからです。


このように実際に出来事が起こらなくても、受ける
ショックもあります。これは、トラウマが脳や神経系
の問題であるということを示します。


一方でカウンセリングでよくあるそうですが、被害者は
自分が体験したトラウマを話をストーリーのように
しゃべるけれど、それが何も深い部分からの解放に
つながらないことです。


トラウマの被害者は、自分に起こったことを話すことに
は慣れているけれども、自分のことではないように、
淡々と話すことがあります。


これは、脳の大脳新皮質(思考を司る部位)によって
ストーリーは語られるからです。


理性が制御し、感覚が伴わない思考のみでは、
トラウマエネルギーは解放されません。


トラウマが癒えるのは、もっと深い本能を司る、爬虫類脳
からです。そして、トラウマが解放されるときには、
何らかの感覚が伴います。


ですから、心理学でも、感覚とともに感情を表現させる
アートセラピーや演劇の枠組みと技法を用いたサイコ
ドラマなどがあり、感覚とともにトラウマをリリース
する手法があります。


そして、ソマティックサイコセラピーという、精神よりも、
より身体感覚に焦点を当てた、心理学療法があります。
ハコミセラピーや、センサリモーター・サイコセラピー
などです。


さらに、純粋に身体感覚からトラウマを癒す、ソマティック・
エクスペリエンスがあります。これは一言で言うと、
脳や神経系にとっては、終わっていないトラウマ体験を、
身体の感覚と動作を通して、少しずつ終わらせてあげよう
という手法です。


また、ロルフィング&ボディーワークスで使われる
フェルトタッチは、手を通して、滞ったトラウマ
エネルギーを徐々に解放する手法です。


これも、手に反応するカラダの反射動作を通して、
トラウマのショックを身体から抜き、脳や
神経系のトラウマ体験を終わらせます。


一つ言えることは、身体感覚からのアプローチは、
トラウマが癒えるプロセスを強力に推進する
ということです。

つづく

トラウマリリース⑥ ~トラウマは皆持っている~

トラウマと聞くと、何か大変なことが起こったと
思われるかも知れません。


ある意味それは正しいです。トラウマを受けた側
にとっては、生命を脅かされるようなショック
だったのですから。


一つ大事な視点は、その出来事よりも、その人に
とってトラウマ体験がどのようなインパクトやシ
ョックを本人に与えたのか、という視点です。


痛み、というものは、それを受けた本人にしか、
その大きさは測れないからです。


「一般的に」という物さしは確かに存在しますが、
それはあくまでも目安に過ぎません。


例えば、私にもトラウマはあります。

私のトラウマの一つは受験勉強でした。何のために
勉強するのかも分からずに、ただただ、目的も分か
らないまま、座って勉強させられました。


自分が勉強するという選択肢しかない。まだ受験を
始めたのが小さかったですから、自分が外部の環境を
コントロールできない中、何かをさせられ続ける
という苦痛は、小学生の高学年から始まり、
大学受験まで続きました。


私は記憶力の良い方ではありませんし、計算も苦手です。
受験には全く向いていないタイプです。正直で真面目
でしたが、2年間大学に受からずに浪人もしました。 
先生を最後まで心配させていました。


小学低学年でした公文式では、夜まで残ってやっていたのに
何度も何度も計算が合わず、結局最後までのこっていました。


計算は、答えが合わない、が強い印象として残りました。
大学受験でも、数学はいくら勉強しても点数が
上がりませんでした。


小学生の高学年の塾では、テストを受ける度に、低い点数=自分
のように評価され続けていました。自分が檻に閉じ込めら
れているような印象でした。


今でもまだ、自分が何かをさせられているという象徴で、
たまに受験が夢にでてきます。


大学を卒業しているはずなのに、夢の中の私は、また大学の
受験をしようと進路を無理矢理決めようと頑張っています。


あるいは、小学生の私は、難解なテストを受けています。
理解しようとがんばっても、どうしても理解できません。


大学も卒業し、海外まで行って学び、独立した今でも
受験の頃の夢を見ることがあります。受験の夢を見た
ときには、夢から覚めると、今でもホッとします。


今はそのトラウマ経験が自分の人生を左右することは
ありません。逆に、外部の環境で、自分が窮屈になって
いることはないか、という注意を受験の夢を通して
喚起してくれています。


性的虐待や家庭内暴力のようなトラウマではありませんが、
私にとっては受験の苦痛は長い期間にわたり、
インパクトを与え続けたものでした。


トラウマには、大きなショックでボンッと一度に
インパクトが与えられるものや、繰り返し、
繰り返し、小さなショックを与え続けられる
ものがあります。


トラウマ経験は自分が無力に感じます。それは、
自分が周りの環境をコントロールできない中、
またそれを理解できない中、外部から圧倒的
な力の支配を受けるからです。


自分が理性を持って対処するため、そのショックは、
無意識下に留まります。無意識下に眠る膨大な
ストレスのようなものです。


このように、トラウマは出来事それ自体よりも、
その出来事から自分がどのようにショックを受けた
かにより、その大きさや深さが決まるのです。


もう一つ例を挙げると、地震などの天災なども
トラウマになり得ます。日本人にとって地震の
揺れは、ある程度慣れているかも知れませんが、
外国人にとっては、命を脅かすほどの恐怖にも
なりうるのです。


トラウマは出来事よりも、受けた本人がどれだけ
出来事からショックを受けたか、ということです。


一つの生命があると、そこには一つのドラマが
あります。


日常生活に支障が出るほどでは無いにしろ、私たちは
皆トラウマ体験を少なからずしていると言っても
過言ではありません。


そして、そのトラウマ体験は、無意識下から意識下に
影響し、それは普段の思考パターンなどに現れ、
そして、知らないうちに、人生に影響し続けて
いるかも知れないのです。

つづく

トラウマリリース⑤ ~トラウマと心の傷~

トラウマは、よく心の傷といいます。なぜでしょうか?
心に傷を負ったら、心からでないと治す方法は
ないのでしょうか?


いいえ。そうではありません。心の鏡は、身体です。
実は、身体からトラウマを克服することの方が
近道なのかも知れないのです。


心の傷は、身体へのショックでもあります。


心の傷から感情が溜まります。また、それによって身体が
ストレスを溜めます。


心に受けた傷は、行動パターンとして身体に現れます。


思考のパターン、そして行動パターンは、神経系や脳に
その情報があります。ですから、トラウマは、神経系の
問題なのです。


ココロもカラダも、一つです。
そのどちらも切り離して私たちは存在していません。


心が閉じれば、身体は閉じます。悲しみや怒りなどの
感情を溜めていても、身体は閉じてしまうのです。


逆に身体が開けば、感情が流れ始め、心が解放されるのです。
トラウマは、心のブロックであり、身体のブロックであり、
そして実は神経系の問題なのです。


つづく

トラウマリリース④ ~トラウマの性質~

今なら分かりますが、エイミの体が震え始めたのは、トラウマ
のショックが体の外へと出たがっていたからです。


生態システムは、とても賢くできていて、トラウマの
ショックを解放できる深い安心感がある場に行かないと、
トラウマは顔を出しません。


私がエイミを包んでいた空間を、エイミの深い部分が、
ここは安全だ、ということを感じ、エイミの体は私の手
に反応して、体の中に滞っていたトラウマエネルギー
を解放する準備をしていたのです。


手は、トラウマを解放する上で、とてもパワフルな媒体
となりえます。


その反応として体から震えが始まりました。しかし、
プロセスを進めることはしなかったので、またトラウマ
は引っ込んでいきました。


トラウマで受けた傷はずっと体の無意識下に留まります。
何らかの形でそれが解放されるまでです。


それから、アメリカでトラウマ被害者と遭遇する機会が
何度かあり、少しずつ学びを深めていきました。

つづく。




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