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ロルフィング&ボディーワークス [BLOG]

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ロルフィング、トレーニングの日々

ブログの更新がしばらくぶりになりました。震災後は、しばらく自分のエネルギーをチャージする時間をとっていました。


2月初旬から始まったロルフィングのトレーニングでは、通訳、アシスタントとしてフル回転していました。


場所は東京水道橋。ある会議場を貸し切って行われました。


生徒さんの人数は17名。海外からはインストラクターと、アシスタントが一名ずつ来日。それにメインの通訳と、私がサブ通訳とアシスタントを兼任。クラスの業務をしてくれるアシスタントが一名。


そんな感じのクラスで、ユニット2は、週に4日を、およそ2ヶ月に渡り行われる予定でした。


ロルフィングでは、ユニット1からユニット3まで、ユニットと呼ばれているトレーニングが三回に渡り行われ、それを修了するとロルファーとして認可されます。


今回は、そのトレーニングをサポートする、スタッフの一員として参加させていただきました。


通訳としては、何せ短期記憶が効かないものだから、インストラクターの言っていることが、頭からぽーんと飛んで、なくなってしまっていくこと多々あり(笑 ヘルプをたくさん求めました。


生徒さん達は笑って済ませてくれましたが、笑い事ではないですよね;これから少しずつ覚えられる量を増やしていこうと頑張る所存でございます。


アシスタントとしては、インストラクターの言っていること、やっていることについて、生徒さん達に質問されたときに、いつでも答えられるように、集中して聞いたり、ノートをとったり、手技を見ながら学んでいました。


100名ロルファーがいたら、100通りのロルフィングがあります。


インストラクターのロルフィングは、自分のとは違ったテクニックや体位も多く使われるのです。ポイントは、きちんと生徒さん達へ伝えられるようにしておかなくてはなりません。


そうして毎日クラスの準備を手伝ったり、インストラクター達の身の回りの手伝いなどをしたりと、


あっ、今日も始まって、もう終わった。


という間に時間が過ぎていきました。クラス全体のサポート役として、生徒さん達のサポート役として、自分のやれることを1日1日やっていく。そんな毎日でした。


ところで、ロルフィングのトレーニングは、タフです。朝から夕方まで講義や手技、エクササイズを通して、ロルフィングの基礎をたたきこみます。


情報量がこれでもか!というほど莫大です。生徒さん達は、シューッって、頭がオーバーヒートするのではないかな、と思う毎日でした。


自分にとって一番タフだったのは、電車通勤です。


朝のラッシュはすごいですね~。横浜から東京の水道橋の途中までは、ぎゅーぎゅー列車。時に1日の体力の半分を使ってしまうような感覚がありました。


自分の荷物が人の間に挟まれて、たぐり寄せないといけない時もありました。雨が降るとすごく混むのですね。毎日がこれかあ。いやあ、通勤されている会社員の方々はホント大変だ、と思いました。ご苦労様です。


さて、ロルフィングのトレーニングは、個人的には、もう一度講義を聴いたり、セッションを見させていただくありがたい機会となりました。


ロルフィングの復習にもなり、新しい発見もありと、自分のロルフィングにより幅を持たせてくれました。教える視点で物事を捉え直すことで、インストラクターのすごさが改めて分かりました。自分もいつかは。。


そんなこんなで、リズムも出てきて、トレーニングも5週目が終わり、終盤にさしかかっていきました。

つづく。

トレーニングの一週間

ロルフィングの日本トレーニング、第一週目が終わった。


久しぶりにクラスの中に自分がいる。懐かしい雰囲気だ。


今回は、アシスタントとして、そして、サブ通訳として、
生徒さん達のプロセスを手助けする番だ。


ロルフィングの良さを知ってもらいたい。そして、視野の広い
バランス感覚のあるロルファーになってほしいと思う。


また、日本に足を運んでくれている、尊敬するインストラクター達の手助けになれたらいいなあと思う。


今のクラスでは、自分がユニット2で学んだこと以上の
知識や理解が盛り込まれている。


すごいなあ。今の学生の皆さんがうらやましい。


自分もまた、頭がいっぱいになる日が続くだろう。
これも懐かしい。


アメリカで、英語で頭がいっぱいになりながら学んだことを
思い出す。早く通訳することに慣れたい。


学生だった時からは違った視点から、自分の学びやチャレンジ
が続く。ワクワクドキドキだ。

人は、水、原子、そしてエネルギー

横になって自分の感覚に焦点を当てる。


しばらく感覚と一緒に居て、まずは自分の感覚と友達になる。


そうすると、自分の身体との対話が始まる。


はじめは筋膜に、そして、骨にアクセスする。


自分で自分の身体にワークするのは、とてもむつかしい。
なぜなら、自分で自分の鏡の役をしなければならないからだ。


自分で自分を客観的に感じることができるのか。


手で触れれないところがある。感触が感じられないので、
実感を持つことは簡単ではない。でも不可能ではない。
客観的に感じることは、できる。


人には想像力という、宝の贈り物が授けられている。


想像力と、いつもよりたっぷりの時間と、
精神集中を使えば、できるのだ。


しばらく体の軸を感じ、そのズレを感じる。


そして、動き出すのを待つ。筋肉がピクリと反応し始める。


細かな箇所から始める。足の指の骨間膜から。
筋膜がじわーっとやわらかくなって、骨と骨の間に
間隔が生まれていくのが分かる。


それとともに、ワークしている部分と関係のある箇所も
ピクピク小さく反応を始め、身体感覚のオーケストラが始まる。


足首、すね、ハムストリングス、股関節へ。
自分が解放したい部分を次から次へ移ると共に、様々な
反応が体から返ってくる。


イヤイヤしている箇所も、ある。動きたくないよう。
知ってる。相当痛めつけてきたもんね。


それはそれでいい。少しずつ開いてくれれば、それでいいから。


ちょっと後ろに下がって、視野を広げて体を感じる。
体の水の流れを感じ、軸を感じ、空間を感じる。


そこで、一つ一つの感覚をもう一度つなげていく。
これにも時間をかける。


仕上げは、体全体を一気に捉えてワークする。
もう一歩下がって、全身を感じてみる。


そうすると、身体のエネルギーの図が脳に開かれ、
それがマトリックスとなり、うねりながら、
その図の模様を変えていく。


原子から分子へ、分子から器官へ。器官から細胞へ。
細胞から、組織へ。この組織のイメージ模様が
うねり、よじれ、やがて整っていく。


それについていきながら、軸が通る地図へと導いていく。
イヤイヤを言っている場所もあるけれど、それはそれ。
少しずつでも変わってくれたら、それでいい。


仕上げに体に感謝の意を捧げ、自分の身体との対話を終える。


あっという間に1時間半が経過していた。
立って、感覚を確認する。


足への体重の乗り方が変わっていた。

全体に体重が乗ってくる。
軸も感じやすい。
背骨も伸びる。
手首が回りやすい。


よし!良い感じだ。出来は上々。


体のすっきり感と、
精神集中した後の、ほどよい疲労感がある。

最近は、自分の体へのワークするのが楽しい。

明けましておめでとうございます。

皆さま、遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。


あっという間の年末・年始でした。


そして、今年もまた始まりましたね。


どのような年になるのか。またどのような年にしたいのか。


身体・精神・こころ・そしてエネルギーなど、見えないもの


への気づきと共に、一歩一歩、歩んでいきたいと思います。


どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。

今年一年、ありがとうございました!

一年の終わりが近づいてきましたね。


今年は、皆さんにとって、どのような年でしたか?


忙しいこの師走ではありますが、新しい年を迎える前に、
振り返る時間を持ちましょう。


そして感謝の気持ちを送りましょう。


私にとって、今年は「人と触れあう機会の多い年」となりました。


ロルフィング&ボディーワークスを訪れていただいた皆さまを始めとし、体の良い街、馬車道企画でワークショップに参加していただいた方々、また、


日本ロルフィング協会の副理事長として、多くのロルファー達と出会い、時間を共に過ごしました。


そして、人との関わりの中で、もう一度自分を見直す
機会を持たせてもらった年でもありました。


自分らしさは、ふとしたことで見失ってしまうことが
あります。それは、次の成長への道でもありますが、
もう一度原点に帰った思いがしました。


私が自分で思う一番の自分らしさとは、


「僕は、いつまでも挑戦者だ」


ということです。情熱だけを持って、英語も話せない、
聞けないで、渡米して、4年間の試練を乗り越え、
セラピスト、ロルファーになって帰ってきた
挑戦者としての生き方です。


明日のことは考えず、ひたすら今を精一杯過ごした感覚
が蘇りました。


セラピストである前に、ロルファーである前に、
先生と呼ばれる前に、挑戦し続ける自分であること。


それ以下でもそれ以上でもなく、その自分で人と接すること。


これが、自分らしさなんだなあと、改めて実感しました。
そして、挑戦するということは、今を駆け抜けることです。
かけがえのない今を、精一杯生きるということです。


そうした態度でいくと、新しいことが、次々と起こります。
日々、自分の体を常に保って、コントロールしながら、物事
を進めることも、チャレンジです。


ところで、自分が自分らしく生きてゆけるのは、つながって
いられるおかげです。すべてのつながりに深く感謝します。


縁ある人たちに感謝です。

こうして新しい毎日を過ごさせてもらえるということに、感謝。

毎日食べていくことができることに、感謝。

生んでくれた両親に、感謝。

生かしてもらっているということに、唯々感謝です。


30日に、一人一人、縁ある方々への感謝の気持ちを
捧げる、一人静かな時間を持ちます。


それが私にとって、一年を振り返るということです。


今年は自分からの年賀状は送らない予定でいます。
ご容赦くださいね。代わりに、この感謝の気持ちが
届きますように。


今年一年、本当にどうもありがとうございました。
また、来年度も、どうぞよろしくお願いいたします。


皆さま、よき年末年始をお過ごしください。


ロルフィング&ボディーワークス

高田圭二

自分という感覚

この不思議な自分とは何でしょうか。


自分とはどこからやってきて、どこへ向かっているのでしょうか。


自分らしさとは何ですか。


それは、あなたにしか分かりません。


その自分を知る、一歩が、感覚です。


体や心からやってくる、感覚です。


その感覚に、静かに耳を傾ける時間を持ちましょう。


自分の感覚がはっきりするほど、自分らしさが分かります。


体が喜び、元気になります。


心が楽になります。


そして、魂でさえ輝き始めるのです。


自分の体の感覚から始めて下さい。


これは、冒険です。


はじめは何となくから。


そして、徐々にくっきりと、感じ始めます。


車輪が回り始めると、プロセスは進みます。


どこへいくのかは、お楽しみに。


そうして、自分の感覚が強くなっていくと、


すべてが自分らしさ、につながっていくのです。


自分らしさとは、心が軽く楽になり、体が軽く健康になり、


元気になれるということです。


自分らしさとは、喜びで、元気の源なのです。


自分という感覚を育みましょう。

あなたの利き半身は、右、それとも左?

手には利き手があります。右利き、左利きと言います。


足にも、利き足があります。


歩き始めるときに、無意識に前にでる足があり、
無意識に後ろで踏ん張る方の足があります。


踏ん張る方がより力強く働くので、そちら利き足とします。


また、利き半身も存在します。


どちらかがいつも凝る、どちらかがいつも楽、

どちらかにいつも怪我をする、どちらかはいつも何もなく平和、

また、どちらかの感覚がはっきりしていて、どちらかはぼんやりし

ているなど、明らかな違いがあるかも知れません。


体は、左右対称に近づくほどバランスがとれますが、
完璧に左右差がない人はいません。


左右で使い方や踏ん張り方、体重の乗り方も違ってきます。


ロルフィングでは、なるべく水平線上に右と左が同じように
バランスが取れるように軸を整える方向に働きかけていきます。


骨盤の片方が上がっていて、片方がさがっていたり、
肩の片方があがっていて、片方が下がっていたりすることが
著しくなってくると、日常生活に支障がでることがあります。


痛みなどの症状として現れてくることもあります。


さて、あなたは右半身利き?それとも左半身利きでしょうか?


一度、意識して見て、感じてみましょう。

ちょっとした触れあい

今日、電車で、桜木町が終電なのに、電車の中に取り残された
黒人の男性がいました。


「あれっ、なんでここで止まるんだ?」


という顔をしていたときに私と目が合い、そのまま
ドアが閉まってしまいました。


彼が反対のドアが開いて出て行ったので、心配になって
階段を下りていきました。そしたら彼が居たので、


「おーい、大丈夫か?どこにいくんだい?」


と尋ねたら、「ねぎしぃ。」だって。


ちゃんと自分の行き先が分かっているようでした。


彼のスマイルが印象的でした。そして、どちらが
するわけでもなく、すれ違うときに、自然と握手を
交わしました。


言葉では、彼:「心配してくれてサンキュー。オレは大丈夫だよ。」
     私:「良かった。どういたしまて。」


のやりとりが握手から伝わってきました。


彼のオープンさと、このちょっとした触れあいが
僕の今日一日を決めました。気持ちいいなあと思います。

マイケル・ジャクソン This Is It.

マイケル・ジャクソンのThis is it.をDVDでやっと観ることが
できました。何度も観てしまいます。


すごい人だなあと、感動し、涙しました。


私の兄がマイケルのファンだったので、以前からマイケルの歌やダンスをビデオでは観ることがありましたが、ビデオを観ると、彼のパフォーマンスの虜になっていました。


特にビリー・ジーンは何回観ても、興奮しました。


ですが、マイケルのダンスの完璧さや、超越さは観ることが
できましたが、マイケルの素顔はマスコミから流れる情報が
圧倒的に多く、どんな人なのか分かりませんでした。


今回改めてマイケルの素顔を知ることができ、
ホントうれしかったです。


天使のように、無邪気な子供のように、純粋な方だった
のだなあと、分かりました。


本気で、歌を作り、語りかける詩を作り、パフォーマンスで
人々を魅了し、そのすべてが本当だったのだなあと。


裁判やスキャンダルなどいろんな噂で、マスコミに
騒がれていたけれど、それらが偽りだったのだ
と分かってよかった。


マイケルは、自分の死によって、それらマスコミのイメージ
を払拭するどころか、それを糧に本当の彼と、彼のメッセージ
を力強く全世界に伝えてくれました。


また、彼をほとんど知らない人にもまた、This Is Itを
見る機会をつくりました。


もし、彼が講演をやり遂げていたら、彼の完璧な部分しか
スクリーン上では観られなかったと思います。また、
その映像が届く範囲はファンの間に限定されていた
ことと思います。


Make the change. そして、 Heal the world. 
マイケルの歌の中で私が一番好きな曲です。


このメッセージがたくさんの方達の心に残ったと思います。
彼の話の中で、何度もPlanet という言葉が出てきたのが
印象的です。スケールが大きいアーティストだと思います。


ところで、彼のカラダの動き、あれば常人には真似できません。
50歳で、しかもあの華奢な体つきで、あの敏捷さや正確さ。


彼のイメージの中では、自分が年齢を重ねているイメージは
なかったと思います。だからあれだけ動けた。


しかし、体の内部はそれに付いていってなかったのでしょう。
たくさん傷つき、疲れていたと思います。


彼ほどの人に、適切な体のケアや処方がなされていなかった
のは、どうしてなのか、と憤りすら感じました。


おそらく、彼の純粋さからは、痛いから、痛いと
言っていただけだと思います。おそらく子供みたいに。


そんな彼を温かく見守ってあげられるような医者や、
代替医療関係者が付いていたらなあと思いました。


彼はメディアだけでなく、医療にも、疑問を投げかけて
いきました。


歌やダンスを通じて、彼のプレゼンス、今ここに在る存在感
は、ものすごいと思いました。


今を生きてる感覚、とでもいいますか。
直感で生きている方なんだ、と思いました。


彼のメッセージにあったように、自分も、
少しでも世界のために、精一杯生き切ろう、
そう改めて思うことができたのでした。


夢と希望をどうもありがとう、マイケル・ジャクソン。


おつかれさまでした。ゆっくり休んでください、
と言いたいです。

強さ

強さとは、何だろうか。

パワーや、権力をもつことではない。


自分が相手よりも強いぞ、と誇示することではない。


自分のやり方を通すことでもない。


強さとは、弱きをかばってやれること。


一番弱き立場にたって、一緒に考えること。


自分にできることがあれば、体力の範囲でしてあげられる


ように、自分をいつでもオープンにしておく。


一番弱い立場を知っているからこそ、それができる
のだと思う。


その場所では、自分を守ることもなく、


プライドにこだわることもなく、自分の弱さをさらけ出して、


それを笑っていられる。


力になれるかわからんけど、一緒にどうしたいか考えてみようか、そう尋ねてみる。


それが強さの始まりだと思う。




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