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ロルフィング&ボディーワークス [BLOG]

記事一覧

ロルフィング記事 朝日新聞から

ちょっと前になりますが、ロルファーの田畑さんが
朝日新聞にロルフィングのインタビューに答えて
いたものが掲載されました。


http://www.asakyu.com/anohito/?id=911


ロルフィング、雑誌などには、しばしば登場します。
これからもっとロルフィングを知っていただくために、
さらに盛り上げていきたいと思います。

ワクワクすること

ワクワクすることって、とっても大切です。


幾つになっても、きっとどれだけ経験を積んだとしても、
新しいワクワクがあると、日常が楽しくなります。


自分にとってのワクワクは、


何か新しいことを知れる。自分をもっと知れる。
体のこと、心のことに気づいていける、そんな
学びがワクワクです。


今日は、オステオパシーのワークショップに参加して
きました。オステオというのは、骨という意味です。


筋膜は骨に付着しますし、筋膜の歪みは、関節に出て
きますから、骨を理解することは、とても大切なのです。


先生は、東谷外志夫先生。


体中の骨の歪みや現状を、見事なまでに
ぱっぱっぱっと言い当てていきます。


とても経験ある先生です。説明はシンプルで分かりやすく、
ユーモアあり、そして誰が質問しても何でも分かることは
すぐ答えてくれる、サービス精神旺盛な先生です。


「触診と診断ができれば、オッケー。あとは、ぐちゅぐちゅ
ぐちゅ。」


ぐちゅぐちゅぐちゅというのは、先生が関節や筋膜が緩む
ときにいつも口にする言葉です。


あっと言う間に、緩んでいきます。


「はい、力抜いて~。ぐちゅぐちゅぐちゅ。」


先生がそう言ってる間に緩みます。

自分が相手にやっても同じ事が起こります。


筋膜にしっかりした圧をかけ、実感を残して施術する
ものとは感覚が異なります。


自分がワークを受けたときには、緩んだことすら分からず、
立ったり歩いたときに、感覚の違いとその効果に驚かされ
ました。


普段ロルフィングでやっていることに、違った角度から
理解を深めてくれます。


新しいことを学べるのってワクワクするなあ、
自分に気づけるのってワクワクするなあ。
ワクワクしていられるのって、楽しいなあ。


心は軽く、体もまた軽くなってルンルン気分です♪

日本に居る実感

最近、日本に居る実感が湧いてきました。


えっ?じゃあ、今までは?


日本とアメリカとブラジルが混ざった場所にいた
気分でした。(どんなんやっ!


一つの文化圏にいなかった自分にとって、どこに
いるのかいまいち実感が湧いてこなかったんです。


それが、最近日本に居るなってやっと感じられたのです。
日本の感覚を思い出しました。


いやあ、ある文化圏で良いと思われていることが、
別の文化圏に行くと、そうでなかったりすることが
結構あるのです。その反対も然り。


曖昧さとか、ストレートさとか、丁寧さとか、
ざっくばらんで適当でいいところ、とかね。


そのバランスをとることが難しくて、どうもしっくり
腑に落ちないことに出くわしてしまうんですね。


でも最近、日本の感覚を思い出しました。


でもね、感謝する気持ちはどっちの文化圏にも共通ですよ。
ここに居られることが、幸せですね。感謝です。

鬱と体

今日は鬱(うつ)と体についてです。

これまでの施術の経験から、鬱と体の相関関係が少し
ずつ分かってきました。


鬱は心の状態です。もちろんそうですが、
実は、体の状態でもあるのです。


鬱になると、何にもやる気が起こりません。やれと
いってもエネルギーが沸いてこないのです。
励まされて、頑張ろうとしても無理です。


仕事に支障をきたしますし、もちろんプライベート
でも、夫婦関係にも支障をきたします。


人の行動の原理は、性の欲求からと心理学者のフロイト
は言っています。野口晴哉もまた、性のエネルギーが
形を変えて人の行動に出てくると言っています。


鬱になると、この性への欲求も感じなくなって
しまいます。性の欲求とは、言い換えると、
生きるエネルギーと言うことができます。


鬱の状態では、自分の中で物事を考えがちになり、
周りが見えてきません。


そして、他人への愛情や思いやりも、
ひっそりと奥に身をひそめてしまいます。


働き過ぎの世代は要注意です。鬱の手前の状態で
、会社に働きにでて、家に帰ってくる、を繰り返していると、
いつしかこの輪の中に、入ってしまいます。


本人も、わざとそういう態度にでようとしているのではなく、
そうしかできなくなるのです。家庭では周りからの
サポートも見えなくなってきてしまいます。


さて、この鬱の心の状態の時に、体には何が起こっている
のでしょうか。


どこかの背骨が曲がっている、ということが起こります。
一部分であれば、まだ良いでしょう。


それだけではなく、背骨全体の弾力そのものが
なくなっていきます。


心理的に鬱の状態になると、背骨全体の弾力が
なくなっている状態になるのです。


背骨に弾力が無くなった状態で、何かをしよう、頑張ろう、
という前向きなエネルギーは、体の中からでてきません。


それどころか、非常に疲れやすくなります。
ますます、体の体力が削られていくのです。


削られた体力で、また働きにでなくてはなりません。
こうして、動けなくなるまでになってしまうのです。


こうして、心と体は互いに影響し合います。


背骨に弾力を取り戻すためには、ただ単に背骨を矯正
すれば良い、というわけではありません。


心の深いところを優しくいたわるように、体の深い
ところにそっと触れてあげなくては反応しません。


本人の少しずつでも良くなりたい、思う意志も大切です。


鬱傾向の方には、精神を安定させるための薬も時には
必要です。


しかし、鬱になると精神科医にかかることがすべてと考えられている今、それよりも体を立て直すことが先決であると私は思います。


私の経験からは、回復までの期間は違えど、背骨に弾力が
戻ってくると、鬱は消えていきます。


体とこころは、コインの裏と表のような関係です。

新たなる次元へ

最近、自分の内に、まだまだ未知なるパワーが
宿っていることが分かってきた。


最近クライアントさんがフッと寝ていくことが多く
起こるようになった。


そこからの反応だ。


カラダが動き始める。骨や筋肉がクク~ッ、
ピクピクっと動くのだ。


自分が見ているのは、ホログラムだと思う。
そして、それを見ているときには、自分の脳の特定部分
が反応している。


そこにぼんやりチャネルを合わせることができるように
なってきた。


この反応は、心のブロックがなければ、大半の人に
起こすことができる。


では、この反応で何が起こっているのか。


それは、無意識層に溜まった過剰なエネルギーを発散させ、
カラダの外へと放出することが起こっている。


無意識層に溜まったエネルギーがなくなると、
身体の気やエネルギーの通りが良くなり、
精神的、肉体的にとても楽になる。


肉体的な傷は癒える早さが劇的に早くなる。
また、心理的な傷が癒える。


トラウマのエネルギーを持った方にも良く効く
ことが分かってきた。


トラウマとは、身体の内に止まったショックだ。
心のショックでも、身体的ショックでも
その人が扱えない生を脅かすようなものは、
無意識下に閉ざされてしまう。


それが後々、自律神経に影響し、日常生活
を妨げる、さまざまな症状としてでてくるのだ。
様々な病気の原因にもなりえる。


私は最初、トラウマエネルギーは、感情と身体
のエネルギーを一緒に解放しないといけないと
思っていた。


頭の思考ではこのエネルギーは解放できないからだ。


しかし、無意識層にあるエネルギーをそのまま解放
する方法があるのだ。それは動物がトラウマを
受けたときにやっている行為と同じだ。


草食動物が、まさに捕らえられる瞬間に仮死の状態になる
ことがある。Maxのスピードで逃げていて、いきなり
こける。全部のシステムが閉ざされて、死んだ状態
になる。


それを捕食しようとする肉食動物は、死んだ動物
と勘違いし、狩りの欲がなくなってしまう。


草食動物は、肉食動物が去った後、仮死状態から復活して、
生き返る。


しかし、捕らえられると思った直前は、緊張がMaxだったので、
身体の中に、とてつもないエネルギーが残ってしまう。


だから動物は、生き返る前に、身体をびくびく痙攣させて、
震わせる運動が起こる。ある程度時間をかけて、
身体に残ったエネルギーを発散するのだ。


発散した後は、何事もなかったように活動を再開する。


これが人間には起こらない。思考がこのプロセスを
妨げるからだ。トラウマを受けたことを否定したり、
すぐに何事も無かったように装い、自己防御する。


だから、人は、トラウマの出来事から受けたショック
エネルギーを身体の奥深くに溜めてしまう。


そのエネルギーは、解放されるまで、いつまでも身体の
中に内包される。


このエネルギーを解放できる術を見つけた。


それが、クライアントさんが寝た後に起こる、
骨や筋肉の無意識の自動反応だ。


草食動物が、仮死状態から生き返るときに起こす、
身体の痙攣やピクピクする動作と同じ類の反応だ。


この過程で、無意識層にある溜まったエネルギーを
解放する。


この発見は、今、自分のするロルフィングを始めとする
すべてのセラピーを見直すきっかけとなっている。


見直すといっても、形を変えるわけではなく、形の
裏で起こっていることを注意深く観察していくと
いうことだ。


ここから応用させると、将来多岐にわたる施術が可能
になることが、なんとなく予感できる。
今までの施術とはまた、違ってくるかも知れない。


おもしろいスタート地点に立ったと感じる。


科学の側面、感情の側面と、見えないものを扱う、
量子力学的な側面での理解が必要になってくる。


ボディ、マインド、そしてスピリット、このつながり
を科学、心理、そして量子学で明らかにしていこう。


今度は見えないものを見える形で、どこまで
自分が理解可能か、ということだ。


アイダ・ロルフも見えない物見える形に落とし込む
ことができないかどうか試行錯誤していた。


チャレンジは続くけれど、この際、どこまでも行こう。
それが人の役に立つものであればいいじゃないか、
と思う。


生きている限り、旅はどこまでも続く。

秋ですね。

秋空の元、小学生達は、秋の運動会でしょうか。


私が小学生の時、運動会の弁当が、格別おいしかったのを
覚えています。


今小学生のお子さんがいらっしゃるお母さん達と話していると、
お母さん達も子供達のリクエストに答えようと頑張っています。


普段働いているなどして忙しいお母さんでも、運動会のお弁当は
子供が楽しみにしてくれているから、頑張らなくっちゃって
おっしゃってました。


前日から下ごしらえして、当日は早起きして準備して。


ああ、こうして準備してくれていたんだなあ。
お母さん達は、偉大だ、としみじみと思います。


親の心、子知らずとは言いますが、
本当にその通りですね。


最近は、お子さんを連れたご両親を見るだけで、
本当にごくろうさまです、と思います。


少し疲れた様子で、それでも子供に構って
あげている姿に感動します。


親の子供を思いやるちょっとした仕草と、そうとは
知らない子供の無邪気な様子をみると、
それだけで感動しちゃってます。


子供達は、親のもとで羽をのばしてがんばれよ!
今のうちにいっぱい学べよ、そう思います。


秋かなあ、もののあはれ、を感じますね。

身体の感情

感情は心から、というのは常識のようですね。


では、身体に感情があるということを考えたこと
はありますか?


悲しいとき、うつむく。
驚いたとき、ビックリして飛び跳ねる。
うれしいとき、抱き合う。


人によって、感情表現は違います。


うれしいとき、ニヤリとする。
驚いたとき、目を見開く。
悲しいとき、泣く。


言い換えると、これらの身体の動きが、感情です。


心の感情と、身体の感情は何がちがうのでしょう?
心が感情を表現するときに、身体も感情を表現します。


心が閉じて、感情を表現しなくなったとしたら?
身体も、感情を表現しなくなってしまうでしょう。


心が怒りを感じているとき、心が悲しみを抱えている
とき、心が喜びを感じているとき、それを身体で
表現させてあげているでしょうか?


我慢していないでしょうか?
もし我慢すると、身体には感情が溜まっていきます。


つまり、身体のどこかに、動きがなくなっていきます。


身体と心がつながっているときには、感じたことと
身体の動きがダイレクトにつながっています。


しかし、心にブロックがあり、それを身体で表現
しないようになると、だんだんと身体には
動きのない部分を作っていきます。


ロルフィングではよく、どうして身体が変わったら
心が変わるのかが分からない、と言われます。


どうして数回のセッションで心の感じ方が
変わったのかが分からない、と言われます。


またロルフィングのセッションの間に、どうして
周りで起こることにアップダウンが激しかったり
するのか。


また、いろいろな出来事が起こるのか。


答えは、身体と心が同じだからです。


深い部分で身体を解放すると、何気なーく、その人の
考え方や、見方を変化させていきます。


それが、いつのまにか現実に現れてくるのです。


身体と心。それはコインの表裏。
ロルフィングの創始者、アイダ・ロルフの言葉です。

ロルフィング


私たちのカラダを形作るものが、重力につながっている。


私たちは、その重力に対し、身体がどのように、
コーディネートしているかを注意深く見ていく。


コーディネーションとは、目や耳などの五感で
捉えた情報を脳で処理し、神経を伝って、
筋肉を動かすという一連の運動プロセスを、
瞬時に適切に行うことだ。


基本的にカラダというのはシステムである。


自分のシステムにも気づいて、始めて相手のシステムが
サインを送っているのが分かる。


身体の会話というのは、双方向の関係の中で起こるものだ。


ロルフィングは、カラダが秩序をもつために、
全体の組織立てにチャレンジしている。


一般的に、カラダを物質(骨・筋肉)として考えている。
でも、カラダはシステムだ。


手を通して会話する。この骨とこの骨の間を感じてみて下さい。
体の地図(ボディマップ)に語りかけている。

地図は姿勢とかのコーディネーションの土台になっている。


コーディネーションを司る場所は、私たちのシステムの
深いところにある。


思考よりも、感情よりも、随意的のコントロールより
深いところにある。


これと会話をもつときに、もっとも深いところで
会話を招待している。


すべての関節のつなぎめに、活用することができる可能性が
あるかどうかとか、すべての骨が空と大地の感覚を感じれる
だとか、そういう会話に招待する。


この会話をするときには、骨の名前ではなく、
それぞれの骨がもつオリエンテーションや
方向性を通して聞いている。


関節と関節の間にスペースを感じられているかどうかとか。


クライアントの体を通して、自分のシステムがクライアント
のシステムに耳を傾けて、そのシステムが何を言っているのか
を聞き、会話をする。


その語りかけに、身体は反応する。実際に動き始めるのだ。


身体のアラインメントが変われば、心理も精神も変わる。
見方も変わる。それは、最も深いところで変わる。


そうしてロルフィングは、深い部分で身体を再教育する。

私たちの世界

私たちは世界を見る。


私たちが見る世界が、私たちの世界となる。


だから私たちは、この世界をどういうふうに見るのか、
を学ぶ必要がある。


目でみて、耳で聞いて、舌で味わい、香りをかぎ、
手が、足が身体が触れる感覚から、私たちは
この世界を見る。


しばしばあることだけれど、私たちは考えることと、
感じていることが違っていることがある。


今、自分は何を思い、何を感じているのか。


自分の内から出る思いは、外へと反映されている
だろうか。


呼吸が、血液が、動作が、感情が、命が流れているだろうか。
どこかで止まってしまってはいないだろうか。


その動きを止めているものは、一体何だろう。


もう一度、自分を知るために、もう一度、今感じている
ことを感じるために、私たちは旅に出る。


僕はロルフィングで、その旅の過程をクライアントさん
と共にする。

再び、山へ

題名のように、再び山へ行ったのか~、というと
そうではありません。


再び山へ行きたい!というあこがれです。


大学生の時には、一ヶ月かけてチャリンコで北海道
を回ったり、京都から、東京まで、チャリンコと
山登りの旅にでたりと、毎週のように
アウトドア満載の生活を送っていました。


北は北海道から南は沖縄まで、日本全国の自然
を満喫しました。それでも行きたいところは
後を絶ちませんでした。


日本の自然や山々の美しさといったら、格別です。


アメリカのコロラド州ボルダーでは、山がすぐ
そばにありましたので、時々ハイキングにでかけて
は、このウェブサイトでも使っている、高山植物や
花の写真を撮るなど、山や自然につながりがありました。


しかし、日本に帰ってきてからは、ロルフィングと
セラピーのことで忙しく動いてましたので、
山に行こうということすら考えてきませんでした。


最近、やっぱり自然に帰りたいなあ、という欲求が
やってきています。山の自然、これがないと
何か物足りないのですよね。


体は、ずっと進化しています。大学の頃と比べたら、
姿勢や歩きは楽になり、骨格が安定しています。
筋肉の付き方も、断然良くなっています。


人の身体は、身体を知る旅に出ると、
年齢を重ねる毎に進化します。


しかし体力は、やっぱり大学生の頃の方があった
かなあ、と思います。心肺機能ということについては、
定期的に走ったり、自転車をこいだり、そういうことが
必要だからです。


もう一度山に登ろう。心肺機能を鍛え直して、
大学時のように、25~30キロくらいのバックパックを
背負いながらでも、山々を縦走できる体力を作ろう。


最近非常に山にあこがれています。今年はちょっと
無理そうですが、来年は、白山に登ろうと思います。




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