私の学校では、全部で4ターム(学期)ありました。
1ターム目は、もう実技に勉強に、大忙しで寝る暇も週末もなく必死になってついていきました。
アメリカ人でもついていくのが大変と言われるカリキュラムでしたから、特に英語のハンディがあったので、ついていくのが精一杯でした。
そこで、先生に相談にのってもらい、1タームを終わった時点でペースを遅らせて勉強することにしました。苦肉の決断でした。その方が身になる学びができるだろうということでした。
そうしてパートタイムで学生になったのですが、今までのクラスメート達とお別れしなくてはなりませんでした。
学期が始まる事に、新しいクラスメート達を迎えることになりましたが、今でも一番最初に一緒になったクラスメート達の雰囲気が一番良く、とても親身になってくれましたので、その後も付き合いは続いていきました。
しかし、新しいクラスメート達を迎える度に、クラスの雰囲気がガラリと変わってしまうのには驚きでした。
基本的に、日本人に比べ、アメリカ人は他人のことにはそれほど関心を持ちません。
周りの空気を読むとか、他人に気を遣うというのは、日本人独特の繊細さです。
例えば、先生も、生徒達も若く、周りの空気を読めなかったときは、よくペアになって練習するときに、クラスメートは仲の良い者同士でペアになるので、私は一人最後まで残ってしまうのでした。
日本人であれば、ある程度余りの人ができないように気を遣います。アメリカ人はそれほど気にしません。
クラスの中で孤立感のようなものを経験していくうちに、先生やクラスメート達がつくるクラスの雰囲気が、自分の緊張の度合いや、カラダのこわばりへ変化していくのが分かるようになっていきました。
最初は自分の語学や文化へのコンプレックスがカラダの緊張やこわばりを作っているのだと思うこともありましたが、全部がそうではありませんでした。
クラスが変わる度に、違ったカラダの反応があったからです。
今は自分の外からと、内からの両方から、カラダの緊張やこわばりがあったのだと思います。
外からうけるプレッシャーと、自分のコンプレックスからくるプレッシャ-。どちらも自分の体に影響を与えていました。
その当時は、そういった自分が感じる心の葛藤や、わだかまり、カラダの緊張感を聞いてもらうために、週一回のペースでカウンセリングセッションも受けていましたので、そのおかげもあって少しずつ自分の心身への気づきも深くなっていきました。
日本人は、どうもアメリカ人と比べると立場的に弱くなってしまいます。そのアメリカ人の中に、語学のできない自分が入って、そして、周りと孤立している感じがあり、その時の自分を責めるような感じで落ち込んでいたのを覚えています。
それから脱出できたのは、語学にも慣れ、文化にも慣れ、自分がアメリカ人の中でも、アメリカ人以上にできるんだ、というのを証明できたころでした。(成績は意地でトップレベルでくらいついていきました。卒業式では表彰も受けることができました。)
2年半ほどかかりましたが、自分の中のコンプレックスに打ち勝ち、他文化の中でも、語学などで生活に困らないようになっていきました。
それでようやく異文化の中で、自分という存在を認め、カラダの緊張もなくやっていくことができるようになったのでした。
ところで、雰囲気の中からストレスを受け、カラダにそれが影響しているということは、アメリカにいなくても常に起こっています。
そして、これは誰にでも起こっていることです。
日本の文化の中で、会社など働く環境下で、家族や家庭の中で、
人が1人以上集ったら、雰囲気のダイナミクスが表れ、反応が起こっています。
それに気づいて、体で感じて何が起こっているかが分かるようになれば、また一歩、自分らしい自然体の自分でいられるのだと思いました。



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